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名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)2106号 判決

原告 遠藤みさ子

右訴訟代理人弁護士 酒井祝成

右同 長坂凱

被告 松島金属株式会社

右代表者代表取締役 松島嘉重次

右訴訟代理人弁護士 江口保夫

右同 宮田量司

右同 木村俊学

右同 古屋俊雄

主文

被告は原告に対し、金二、四九七、一〇〇円と、これに対する昭和四四年七月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分にかぎり、原告において、かりに執行することができる。

事実

第一、申立

原告訴訟代理人らは「被告は原告に対し、金四、〇九六、七三四円と、これに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、本件事故

原告の夫亡遠藤進は、つぎのような交通事故によって死亡した。

(一)  と き 昭和四三年五月三〇日午後三時

(二)  ところ 豊川市白鳥町国道一号線路上

(三)  加害車 訴外渡辺精一運転の小型貨物自動車

(四)  態 様 訴外渡辺精一が加害車を運転し、亡遠藤進は同車助手席に同乗して、前記場所を進行中、自車の右側を同一方向に進行していた大型貨物自動車が左側に寄ってきたのに狼狽して、急にハンドルを切ったため、加害車左側前部を橋の欄干に激突させ、亡遠藤進を即死させた。

二、被告の責任

被告会社は、本件加害車を所有している。また訴外渡辺精一は、同会社の従業員として、同会社の仕事に従事中加害車により本件事故をひき起した。被告会社は運行供用者として、またみぎ訴外人の使用者として、自動車損害賠償保障法三条または、民法七一五条により、本件事故による損害を賠償する義務がある。

三、損害の数額

(一)  亡遠藤進の逸失利益

亡遠藤進は、死亡当時満二七才で、被告会社に勤務し、自動車運転業務に従事していた。同人は事故当時月収平均五二、二九一円の収入をあげ、このほか賞与として年間四二、〇〇〇円を得ていた。同人の一ヵ月の生活費は、一五、〇〇〇円程度であるから、これを、みぎ収入から控除し、かつ同人の今後の就労可能年数三六年間に得られる逸失利益について、ホフマン式計算法(年ごと式)により民事法定利率年五分の中間利息を控除すると、その現価は六、二九三、四六八円となり、これが同人の得べかりし利益となる。

(二)  原告の慰藉料

亡遠藤進の相続人は、同人の母と、同人の妻である原告だけで、夫婦の間に子供はない。原告は、生活の支柱であり、最愛の伴侶である夫を失い、その精神的苦痛はなにものにも代えがたい。これを慰藉するには少くとも三、〇〇〇、〇〇〇円以上が相当である。

(三)  相続と損益相殺

亡遠藤進のみぎ損害賠償請求権(逸失利益)について、原告は二分の一の割合により相続したから、その金額は三、一四六、七三四円となり、これと原告固有の慰藉料三、〇〇〇、〇〇〇円の合算額六、一四六、七三四円が、原告の請求しうべき債権額であるところ、原告は、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険金二、四五〇、〇〇〇円を受領しているので、これを控除すると、三、六九六、七三四円となる。

(四)  弁護士費用

原告は、本件事故の解決について、被告会社と交渉したが話合いができず、ために原告訴訟代理人に訴訟委任し、着手金一〇〇、〇〇〇円を支払い、さらに請求認容額の一割を報酬として支払う約定をした。したがって少くとも弁護士報酬として三〇〇、〇〇〇円を要するものといえる。これは本件事故と相当因果関係にたつ損害である。

四、請求額

よって、被告に対し、前項(三)、(四)の損害賠償債権合計四、〇九六、七三四円と、これに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、被告の抗弁に対する原告の答弁

原告が、被告から香奠として一〇〇、〇〇〇円、花環代二九、五〇〇円、そのほかに一〇〇、〇〇〇円、合計二二九、五〇〇円を受領したこと、原告が亡遠藤進の死亡に関し、労働者災害補償保険から年額一九〇、九六八円の遺族年金受給資格をもち、昭和四六年五月三〇日から支給されることが決定していること、は認める。

第四、被告の答弁と抗弁

一、答弁

請求原因一、二の事実と同三の事実のうち、亡遠藤進が、事故当時満二七才であり、月収五二、二九一円、賞与年間四二、〇〇〇円の収入を得ていたこと、原告が自動車損害賠償責任保険二、四五〇、〇〇〇円を受領したこと、原告が訴訟代理人に訴訟委任したこと、は認める。その余の事実は争う。

二、抗弁

(一)  亡遠藤進は、運転手として被告会社に入社し、事故当日運転助手の訴外渡辺精一と交替で加害車を運転しており、かつ事故のとき加害車運転助手席に同乗していた。したがって、亡遠藤進は、自動車損害賠償保障法二条四項にいう自動車の運転又は運転の補助に従事する者にあたる。すなわち、同法三条の他人に該当しないし、また民法七一五条の第三者にも該当しない。被告には責任がない。

(二)  かりに右主張が認められないとしても、亡遠藤は、事故のとき、加害車助手席で、靴をぬいで、両足をダッシュボードにかけて寝ていた。このような乗車姿勢をとることは、乗車態度に大きな不注意があったことになる。また同乗者という立場からしても、このような事情は過失相殺ないし減額要素として、賠償額の算定にあたり斟酌されるべきである。

(三)  被告は、原告に対し、本件事故について、香奠として一〇〇、〇〇〇円、花環代二九、五〇〇円、充当費目を特定せずに一〇〇、〇〇〇円、合計二二九、五〇〇円を支払った。これを原告請求の損害額の支払いに充当する。

(四)  原告は、亡遠藤の死亡により、労働者災害補償保険法により、年額一九〇、九六八円の遺族年金の受給資格をもち、昭和四六年五月三〇日から支給されることがきまっている。よって、これを本件損害賠償額から控除すべきである。

第五、証拠≪省略≫

理由

第一、本件事故の発生と被告の責任

請求原因一、二の各事実は、当事者間に争いのないところであり、同事実によれば、被告は使用者としての責任と運行供用者としての責任があるといえる。

第二、他人性阻却と損害額減額の抗弁について

(一)  亡遠藤と訴外渡辺がともに運転免許をもち、事故当日両名が交替で加害車を運転し、事故当時訴外渡辺が加害車を運転し、亡遠藤が助手席に同乗仮眠していたこと、は≪証拠省略≫によって明らかであり、この認定を動かすに足る証拠はない。右事実関係からすると亡遠藤は運転者とはいえ、事故のさい現実に運転をしておらず、かつ仮眠のため、訴外渡辺の運転についても影響をあたえる余地はなかったものといえる。自動車損害賠償保障法三条、または民法七一五条にいう他人または第三者のなかには、文理解釈上保有者、運転者、運転補助者、使用者、被用者などはふくまれない、と一応いえる。しかし、運転者としての資格があることから常に他人性を否定するのは妥当でなく、具体的な運転その他の行動が事故と因果関係にたつときにかぎり、他人性を否定し、その他の場合他人性を認めるのが相当である。この考えにたつと本件については、亡遠藤は他人または第三者として、前記各法律の保護をうけるべきものと考えられる。なお亡遠藤については、後記認定のような不注意があったと認められるが、これは本件事故発生の要件となる過失とは認められないから、これをもって、他人性は否定する資料とすることはできない。

(二)  ≪証拠省略≫を合わせ考えると、被告会社は、従業員に対し、空車のときは運転免許を持つ運転助手にも運転をさせ、荷積車の場合は、運転技術の習熟した責任者が運転するよう指示していたところ、事故当日亡遠藤は、運転責任者として、運転助手である訴外渡辺を同乗させ被告会社豊橋営業所から名古屋まで空車を運転し、三ヵ所からアルミのスクラップを買い入れ、最大積載量二、〇〇〇キログラムの加害車に、積載量超過の三、三二〇キログラムの荷積みをし、帰路名古屋市熱田区内熱田神宮から運転助手訴外渡辺に加害車の運転を頼み、岡崎を過ぎる頃から事故当時まで助手席で靴をぬぎ、足を運転助手席の方にむけ、身体を窓側へ寄せかかるようにして仮眠をしていたこと、が認められ、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。以上の認定事実からすると、亡遠藤としては訴外渡辺に加害車を運転させるとしても、空車を運転させ、積載量超過の荷積車の運転については、運転技術の習熟した自己があたるべきであったと考えられるし、かりに訴外渡辺に運転させるとしても、名古屋から豊橋まではさほど長距離ともいえないし、また昼間のことでもあるから、仮眠をしないよう注意すべきであった、と考えられる。このような事情は、直接本件事故発生の原因となる過失とはいえないとしても、過失相殺の対象となる過失(自己自身への不注意)があったものといえるから後記損害額の算定にあたり考慮すべきである。

第三、損害

一、亡遠藤進の逸失利益とその相続

亡遠藤が、死亡当時満二七才で、被告会社に勤務し、月収五二、二九一円、年間賞与四二、〇〇〇円を得ていたこと、は当事者間に争いのないところである。また≪証拠省略≫によれば、亡遠藤の一ヵ月の生活費は一五、〇〇〇円程度であり、かつ、同人は少くとも今後三六年間就労可能であったと認められる。そこで、同人の年間所得六六九、四九二円から、同期間の生活費一八〇、〇〇〇円を控除した年間純収入四八九、四九二円を基礎として、今後三六年間に得られる利益について、ホフマン式計算法(年ごと式)により、民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は九、九二二、〇〇二円となるところ、同人には、前記のような過失があり、その割合は四〇パーセントと認めるのが相当である。そこで右損害額について、みぎ割合によって過失相殺をすると、その額は五、九五三、二〇一円となる。そして、≪証拠省略≫によれば、同人の相続人は、同人の母と、妻である原告だけであることが認められるから、結局原告は、右損害賠償請求権について、民法所定の法定相続分である二分の一にあたる二、九七六、六〇〇円を相続したものと認められる。

二、原告の慰藉料

前記認定のように、原告は、本件交通事故によって、生活の支柱であり、最愛の伴侶である夫を失い、その精神的苦痛はなにものにも代えがたいものと推認される。本件事故の態様、被害者の過失の内容、程度、その他諸般の事情を斟酌し、その精神的苦痛を慰藉するには二、〇〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

三、損益相殺

以上逸失利益のうち、原告相続分二、九七六、六〇〇円、原告固有の慰藉料二、〇〇〇、〇〇〇円、合計四、九七六、六〇〇円が、原告の損害と認められる。ところで、本件事故に関し、被告が原告に対し、二二九、五〇〇円を支払ったほか、原告に対し自動車損害賠償責任保険二、四五〇、〇〇〇円が支払われたこと、は当事者間に争いがないところであるから、これを右損害額から控除すると二、二九七、一〇〇円となる。つぎに、原告が、亡遠藤の死亡によって、労働者災害補償保険法により年額一九〇、九六八円の遺族年金受給資格をもち、これが、昭和四六年五月三〇日から支給されることが決定していること、は当事者間に争いのないところである。ところで、右遺族年金は、本人の死亡を原因とし支給されるものであるとはいえ、保険加入者からの保険料の支払があったことを基礎としてなされるものであるとともに、直接本人に生じた損害の填補としてではなく、遺族固有の補償として支給されるものと考えられる。したがって、これを損害の填補として、損害額に充当するのは相当でない。

四、弁護士費用

≪証拠省略≫によると、原告は本訴提起にあたり、原告訴訟代理人らに訴訟委任をし、着手金として一〇〇、〇〇〇円を支払い、さらに勝訴のさいは、請求認容額の一割を報酬として支払う旨の約定をしたこと、が認められる。そこで、本訴事件の内容、認容額その他諸般の事情を考慮し、二〇〇、〇〇〇円を相当と認める。これは、本件事故と相当因果関係にたつ損害である。

第四、結論

してみると、原告の本訴請求は、被告に対し、逸失利益の相続分、と慰藉料合計二、二九七、一〇〇円(過失相殺と損益相殺をしたもの)と、弁護費用二〇〇、〇〇〇円、合計二、四九七、一〇〇円と、これに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年七月二四日から、支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余のは失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言について、同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤義則)

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